今の仕事を頑張る理由(ちょっと重いです。)

ちょくちょく出てくる拙者の亡き父。

ハンドルネームにも生前の父のニックネームを使用しているぐらい

尊敬していますし好きでした。

その父の死の話。

肝硬変で入院するも余命宣告されており完全にアウト。

酒は一切飲まないものの甘いものが好きで

脂肪肝からの肝硬変、肝臓がんだったのでしょう。

知った時にはステージ4余命1年、

死に間際の入院の告知は2週~4週と死の宣告をされました。

その時の拙者の状況は、勤めていた会社が倒産。

娘がまだ2歳だというのに

「父さんの会社、倒産しちゃったよ。」

なんてアホなこと言っていたのが懐かしい。

民事再生法が適用されましたので会社自体は存続していたものの

財務経理、総務人事、システム管理だったこともあり

色々疲れたので転職活動をしていた。


余談ですがね、倒産ってなかなか疲れます。

昼間は普通に仕事をして、みんなが帰ると経理部隊で民事再生の資料作成。

一週間は会社に泊まりましたっけ。

朝礼で社長の口から今日倒産することを告げられた

営業その他なにも知らされていない社員の表情がコワイコワイ。(笑)

即座に経理部に向けられる視線、痛かったわ~(笑)

クビになった社員の妻からの鬼電、アキラメロン(笑)

持ち株会で数百万円吹っ飛んだ社員からの罵声、カワイソス(笑)

経理部は誰も持ち株会に入ってないことが知られ修羅場、スマンな(笑)

今となってはいい思い出です。


そして混む電車に乗るのが嫌な拙者は、

9時出社のところ7時に行き

音楽を聴いたりゲームをしたり好きなことをして過ごしてました。

その日は2週間後に最終面接が控えており

面接に際し詳細な自己紹介を含む履歴書を作成するよう

応募している会社に様式を渡されておりました。

”朝の2時間を数回使えば完璧なものが作れる。”

そう思って電車に乗っていると6時半に携帯が鳴り、

父危篤のお知らせ。

覚悟はしていたものの来るべき時が来たか、と。

病院に着いたのは7時過ぎ、

見るからに死ぬ直前、辛うじて呼吸しているだけ。

”呼吸器を外せば楽になれるのか?”

そんなことすら脳裏をよぎる。

父親に意識があり会話できた時、

最終面接まで到達できたことを報告し喜んでくれていた。

”今は目の前で尽きようとしている父親に報いるためにも”

そう思い病室で一心不乱に書類を作成。

書き上げたのが14時だったと思う。

その間、息が細くなったり少し復活してみたり、

拙者の作業が終わるのを待っていたような感じがした。

そして15時31分に他界。

最後の数時間は唾液に血も混ざるし

なにがなんだか良く分からない状況。

人間の最後なんてグチャグチャなんだな~って。

母親も弟もダメ人間だから拙者が喪主ということになり

その日すぐに葬儀打ち合わせ。

荼毘に付すまでは会社を休めるので

時間のある時に面接書類を提出しに行き、

仕事が始まって通常の生活に戻ったかと思ったら面接。

合格通知が届いたときは妻と泣いて喜んだっけ。

いろいろ忙しかったですけど人間やればできるもんです。

面接で何を話したかなんて覚えてませんが

今までの人生で一番冴えてるなという実感はありました。

父親に転職できたことを生きている間に報告できなかった、

しかし、生前応援してくれていましたから

今も生きていればそうしてくれているでしょう。

それに父親の他界という事件が無ければ

今の職場で働けてないように思います。

そんなこんなで変に職場に愛着があるし、

今更転職できないから家族のためにも働くしかない、

それが拙者の現職場で頑張れる理由。

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