妻の「ありがとう」に対する拙者の感情

ここのところ起床時間は6時。イオナが良く寝てくれるようになったので途中で起きてミルクを上げたりオムツを替えたりすることもなく過ごせるようになってきました。

朝起きて二階からリビングに降りて天気予報を確認、イオナのベットに目をやるとゴロゴロしていて拙者に気が付くと抱っこを要求してくる。

拙者もゴミを出したり朝ごはんの用意、風呂掃除や身支度をしなければならずしばし放置。ベビーベッドの中でバタバタジタジタしだすので頃合いを見てオムツを確認、その後ミルクを上げるということになるのですが・・・。

オムツを替えれば「ありがとう。」

ミルクを上げれば「ありがとう。」

抱っこして寝かしつければ「ありがとう。」

食事を作れば「ありがとう。」

ゴミ出しすれば「ありがとう。」

掃除をしても「ありがとう。」

妻はいつでも拙者に感謝の言葉をかけてくれますが、今の時代は家事・育児って妻だけの仕事ではなく、夫も積極的に関わるのが当たり前なんじゃないかなと思ったりするわけで。確かに妻は専業主婦なので家事が仕事みたいなもんですが、拙者も一応兼業主夫ということで仕事と家事を両方こなす立場にあります。

妻の「ありがとう。」は何となく「(私のやるべきことをやってくれて)ありがとう。」と聞こえてしまって、普段妻一人に押し付けてしまっているのではないかと不安になります。家のことに関して言えば妻に全てをやってもらう気なんてありません。出来ることを出来る人間がやればいいですし協力し合うのが家族でしょう。

かといって妻の対応が、「やってもらって当たり前ですが?」となれば「てめぇぇぇ!」となるのが人間というもので、やはり「ありがとう。」という言葉が正解なんだろうなと思っています。別に言われることが嫌とかではなく、妻の気持ちの中で「自分がやらなければ!」という強い責任感をあまり持って欲しくないなというのもあったりします。

最近ではたまに思い出す程度になってしまいましたが、妻は元々パニック障害を患っていました。この病気になる人の特徴として「責任感が強い」ということがあります。拙者のようにアクシズ教教義を重んじるような人間には縁遠い病気です。しかし妻のような人間は完治したように見えるのですが、何かが引き金になってその顔を覗かせます。以前にも書いたようにリーナがノロウイルスに感染した際には震えと呼吸が乱れてしまい危ない思いをしました。

もう少し緩くてもいいのかな?と感じることもありますが、妻の性格上、何事もキッチリしてないと気が済まないので変わることは難しいのかなと思います。結局変われるのは拙者なんでしょうから、もうちょっとスマートに育児に参加したり家事をこなせるよう努力します。そして妻のように感謝を口にできれば、そんなことを思う今日この頃でした。


アクシズ教教義について触れていませんでした。軽く書いておきます。

『アクシズ教徒はやればできる。できる子たちなのだから、上手くいかなくてもそれはあなたのせいじゃない。上手くいかないのは世間が悪い』

『自分を抑えて真面目に生きても頑張らないまま生きても明日は何が起こるか分らない。なら、分らない明日の事より、確かな今を楽に行きなさい』

『汝、何かの事で悩むなら、今を楽しくいきなさい。楽な方へと流されなさい。自分を抑えず、本能のおもむくままに進みなさい』

『汝、我慢することなかれ。飲みたい気分の時に飲み、食べたい気分の時に食べるがよい。明日もそれが食べられるとは限らないのだがら……』

『犯罪でなければ何をやったって良い』

『悪魔殺すべし』

『魔王しばくべし』

一部同意できませんが、なかなかいい線いってます。今日から ”このすば”全話 見ます。

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