勉強を教わる側が強気なのは何故なのか。

長女の学校での出来事。

算数の授業は習熟度に応じてクラス分けをすることになっていたのですが、若干方針転換をしたようで担任の先生から手紙が届いていました。内容について簡潔に説明すると、

「賢い子はバカな子に教えることによって学習が定着する。バカな子は賢い子から教わることで勉強が出来るようになる。相乗効果狙ってるんでよろしく。」

だそうな。全体でその制度を運用するというより、賢い子一人とバカ一人をペアにするので、軽いバカなら多少許せるもののキングオブバカと組んでしまうと、説明したところで理解できないからイライラするという、できる子の拷問授業となっているわけです。

そして今週某日の算数の授業後半。プリントが配布され、問題が解けた子は先生に見せてからできない子に教えるという定番の流れ。そこで問題となるのが飲食店の娘にして悪い意味での有名人である土江というお子様。娘が先生のところにプリントを見せに行こうと立ち上がると、

土江「分からないから教えて。」

娘「これから先生に見せに行くから戻ったらね。」

土江「今教えて欲しいんだけど?」

と、かなり強く肩を掴まれながら言われたので

娘「答えは○○だよ。」

と教えると

土江「ありがとう。」

となったらしい。

娘「私が用事を済ませてから教えるというのなら分かるけど、自分のことを優先して、しかも肩を強くつかんで『今教えて』と言われたので仕方なく教えた。解き方を教えるのは面倒だし、暴力的で自分のことしか考えてない人とは極力関わりたくない。」

とバカな子が賢い子のクラスに来ることで弊害の方が大きく出ている。先生としては90点取れる子を100点にしたとしても10点しか伸びない。しかし、0点だった子を30点にしたら前述した子の3倍伸びている。学力テストを行ってもバカを30点底上げした方が平均点が上がる。そうした方が先生の評価は上がるのかもしれないが正直無駄。そもそも育った環境が違い、勉強が出来なくてもいいと思っている親に育てられているんだからバカはまとめて隔離し、出来る子をしっかり伸ばして社会に大きく貢献できるように育てた方がいいと思っている。

中途半端な人間を多数作るより、両極端にして使う側と使われる側をはっきりした方が世の中のためだと思うんですけどね。勉強が出来なくても男は土方、女は風俗で働けばいいんだし。それが嫌なら頑張るしかない、それが現実。

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