流産で散った2人の子を想う、イオナ1歳8カ月。

数日前、イオナが1歳8カ月を迎えました。

拙者は2歳を過ぎるまで言葉らしい言葉を発することが無かったらしく、イオナも拙者に似てしまい言葉を発することが少ないです。

アンパンマン → アンマンマン(まぁわかる。)

バイキンマン → アンマンマン(アンパンマンと同じやんけ!)

バイバイ → バー!(頭文字だけですか。)

水飲みたい → み!(これまた頭文字・・・)

タッチ → ター!(またかよ。)

痛い → イタイイタイイタイ(何度も言うのは親が言ってるから。)

ぐらいしか拙者達家族が理解できる音を口にしません。しかしこちらが言っていることは理解しています。” 一緒に2階に行く?”と聞けば階段のそばに行って抱っこを要求してきますし、お風呂に入っている時に” 体と頭洗おうか。”と言えば遊んでるおもちゃを一旦置いて言うことも聞きます。耳が聞こえていない訳ではないのですが、言語があまり出ないのは親としては気になるところ。それでも一応それなりに大きくなりイオナのペースでゆっくり前に進んでいるので少し様子を見ているところです。癇癪を起しやすいのは疲れますけど。

そこで思うのはイオナが生まれる前の流産2回。もしこの2人のうち1人が産まれていたらイオナは存在していません。未来が変わっていたということもありますが、3人も子どもを育てられる余裕が我が家にはありません。むしろ2人目でもかなりキツイっす・・・。

流産したのは共に40代での出来事なので、思い出されるのはNIPTを受診した病院の先生が仰っていた「染色体異常だと流産になる可能性が非常に高いですからね。」というお言葉。早い段階での流産でしたし、年齢を考えればその可能性は十分考えられます。しかしイオナも切迫早産で大変な思いをしましたので、”もしかしたらその二人も健常だったけど何かしらの理由で流産したのかも” と、そしてこの流産した二人の子が健康だったらどんな子になっていたのかと気になることがあります。男の子だったのか、大人しい子だったのか、病気がちな子なのか、はたまた親を困らせるようなガキ大将気質なのか。

ありもしないことを考えても仕方ないのですが、一瞬でも妻のお腹にいたということは事実です。今は忙しいので考える余裕が妻にはないと思いますが、少し気持ちに余裕が出てきたときに思うことはありそうです。拙者ですらこんなことを考えるぐらいですから。

そんなことを言っていても今はイオナが家族に加わりましたので、生きている人間はこれからも頑張って生活していくしかありません。二人の生まれてこれなかった子を想いつつ拙者は今いる二人を立派に育てないといけないなと感じました。

そして1歳8カ月数日前の写真。大きくなったと実感します。

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